年間被害額17兆円 – アメリカで深刻化する万引きと小売犯罪

末永 恵

年間被害額17兆円 – アメリカで深刻化する万引きと小売犯罪

小売犯罪の被害総額は米全体で1,121億ドル

現在、アメリカの多くの小売店を悩ませているのが万引き問題です。万引きは英語で“Shoplifting”ですが、店頭での万引き以外にも倉庫からの盗難、従業員による窃盗、仕入れ先による不正、レジのエラーなど小売店で起こるさまざまな損失は総称して“Retail Shrinkage”と呼ばれます。万引きというと軽く聞こえがちですが、このRetail Shrinkageの被害総額は2022年にアメリカ全体で1,121億ドル(約17兆円)と言われており、決して軽視できない問題になっています。

NRF(National Retail Federation, 全米小売業協会)の調査により、小売店の被害が大きい全米の街が毎年ランキング形式で発表されています。以下が2023年のワースト5シティです。

  1. カリフォルニア州ロサンゼルス
  2. カリフォルニア州サンフランシスコ
  3. テキサス州ヒューストン
  4. ニューヨーク州ニューヨーク
  5. ワシントン州シアトル

 

ロサンゼルスは不名誉なことに、この調査において5年連続のワースト1位となっています。このような状況を鑑みLA市警は今年3月1日、組織的な小売犯罪に対応するタスクフォースの設立を発表しました。

 

組織的な窃盗犯罪はコロナ以降増加

NRFの発表によると、アメリカにおける小売犯罪の損害額は2020年に908億ドル(約13.7兆円)だったものが2021年に939億ドル(約14.2兆円)、2022年には1,121億ドル(約17兆円)となり年々増加傾向にあります。上記のランキングで分かるように被害が深刻なのは主に大都市で、これらの都市はコロナ禍により治安が急速に悪化した地域です。

このような大都市での小売犯罪は組織的に行われるケースも多く、窃盗集団が車で店舗に突入して商品を強奪したり、店の倉庫に侵入して大量に在庫を持ち去るなど、より悪質な手口が報告されています。このような組織的犯罪のターゲットとなる店舗は客側・従業員側にも危険が及ぶ可能性があるため、WalmartやTargetなどはすでにいくつかの店舗をやむなく閉店しています。

 

岐路に立つセルフレジの利用

万引きが増えているもう1つの大きな要因として、セルフチェックアウト(セルフレジ)が増えたことも挙げられます。コロナ禍においては人の手を介さないコンタクトレスな支払方法が重宝されたため、セルフレジはスーパー・量販店などの大手チェーンを中心に急速に広まりました。買い物客が使用に慣れたことで、コロナ終息後もセルフレジは便利さを理由に残ったものの、それは万引き被害を増やすことにつながりました。

イングランドのレイセスター大学の研究によると、小売店における原因不明の損失のうち5分の1から4分の1はセルフレジの導入によるもので、被害総額としては組織的な窃盗犯罪よりも多いと言うことです。セルフレジを導入することで人件費や店舗スペースを効率化できると考えていた小売業界にとって、これは予想外の副作用だったでしょう。効果的な対策を見出せていない店側は現在、さまざまな新しい対応を試しています。

米大手のTargetは今年3月後半から、セルフレジを利用できるのは商品数10点以下に制限することを決定しました。これは昨年秋に全米の200店舗で試験適用されていた対策で、テストランから良い結果が得られたものと思われます。またWalmartもセルフレジの利用を制限する実験を始めており、いくつかの店舗ではWalmart+の会員またはWalmart Spark(ウォルマートの配送システム)の配達員のみ利用可能となっています。

さらに思い切った判断として、Doller Generalは万引きの特に多い300店舗からセルフレジを完全に撤去しました。また同じくディスカウント系ストアのFive Belowは、セルフレジの使用を制限し出口でのレシートチェックや警備員の配置を強化したところ、2023年第4四半期の売上高は19%、純利益は18%の増収増益が報告されています。

 

最新技術は小売店の救世主となるか

セルフレジのオペレーションを改善する以外の試みに取り組んでいる販売店もあります。家電量販店のBest Buyやホームセンター大手のHome Depotは近年、より多くの商品を鍵の付いた強化ガラス製のショーケースに入れる方法で万引きに対抗しています。

Best Buyの競合であるLowe’sは小売犯罪の防止に関し、最新技術を積極的に導入しているチェーン店の1つです。その施策の1つとして、同社は2022年末に『Project Unlock』と呼ばれるプログラムをローンチしました。Project Unlockは電動工具商品にRFID (Radio Frequency Identity)チップを取り付け、過去の購入履歴をトラッキングできるようにすることでその商品が盗難品かどうかが判別できるようになっています。店頭から商品が盗まれることを直接的に防ぐシステムではありませんが、正規販売品か盗難品かの区別がつくようになれば窃盗犯側は転売がしづらくなるため、結果的に万引きを抑制するという小売業のエコシステム全体で機能する仕組みになっています。

 

高まる法整備への期待

これらの企業努力に加え、法整備も期待されています。大手チェーン各社は小売犯罪防止のための具体的な対応策を打ち出すよう州・連邦政府に働きかけており、2022年にはINFORM Actが議会で可決、施行されました。

INFORM Actは主にオンライン売買の透明性・安全性の向上を目的としており、オンラインマーケットプレースでサードパーティーセラーが大量に取引を行った場合、その販売者に財務情報や識別情報の開示を求めるものです。盗品や偽造品をオンラインで大量にさばくことが難しくなることで、小売犯罪を抑止する効果が期待されています。