アメリカで深まるリモートワーカーと企業側の溝「むしろ昇進しなくていい」

末永 恵

アメリカで深まるリモートワーカーと企業側の溝「むしろ昇進しなくていい」

RTOの動きは緩やかに継続

オフィス出社義務(Return to Office=RTO)再開の動きは2023年に一気に進行し、アメリカでは約7割の会社員がオフィス勤務に戻っていると言われています。パンデミック前の状態に戻したい会社側としては、テレワークを続ける従業員に対し今後も働きかけを強めていくと思われますが、昨年ほど急激な動きはなくRTOは緩やかに進行していくと見られます。

従業員側は基本的にオフィス勤務よりもテレワークを好む傾向があるため、多少の強硬な手段を取った企業も少なくありません。Amazonはそのうちの1つですが、内部メモによると週最低3回の出社義務を守らない従業員は管理職の権限で解雇、または昇進をさせないという措置が取られています。このようなテレワーカー側に不利な条件を敷くケースは増えてきているようです。

 

“リモートワーカーは昇進する確率が低い”という調査結果

Live Data Technologyが200万人のホワイトカラー労働者を対象に昨年行った調査によると、オフィス勤務者・ハイブリッド勤務者に比べてリモートワーカーは31%も昇進の機会が少なかったとのことです。またKPMGが400人のCEOを対象に行った調査でも、オフィス勤務者に昇進・昇給・良い待遇を与えると90%が回答したという結果が出ています。

Amazonのようにリモートワーカーは昇進させないとルールを定めている企業もありますが、スタンフォード大学の経済学者ニック・ブルーム氏は「近接性バイアスが働いている。」と言います。つまりオフィスに出社して上司と顔を合わせたり、物理的に一緒にいる時間が長い社員のほうが好ましく見えてしまうという心理作用です。これは多かれ少なかれリモートワーカーの誰もが直面する課題でしょう。

 

出世よりもワークライフバランスを重視

この“リモートワーカーは昇進しにくい”という調査結果に対し、アメリカ人の反応はほぼ反発一色でした。いくつかオンライン上のコメントを拾ってみましょう。

「真の昇進とは、職場の政治的な問題に煩わされないことだ。」

「今どき昇進したいなら転職するほうが確実だよ。」

「リモートワーカーは昇進よりもワークライフバランスを重視すると思う。私自身のことを言えば、延々と続く無駄な社内会議のために昇進する気は全くない。」

「自宅の方が生産的だね。オフィスは邪魔が多すぎる。リモートワーカーが直面する唯一の問題は、リモートワークできない人たちが嫉妬から私たちの仕事を台無しにしたがることだ。」

「通勤しなくていいこと、精神衛生状態が良くなること、オフィス政治をしなくていいこと、家族と過ごす時間が増えることのほうが昇進よりよっぽど大事。」

 

ということで、不満の内容は昇進できないことではなく、オフィス勤務そのものに嫌気がさしている人が多いようです。オフィス勤務をするくらいなら、昇進しなくともワークライフバランスやストレス状態を健康的に保てるリモートワークのほうがずっと良いと考える人が多く、給料や待遇を引き合いにオフィス回帰を目論む企業側とはギャップが見受けられます。

 

「多くのリモートワーカーが情熱・創造性に欠けている」ロレアルCEOのプレゼン

1月15日から19日までスイスで開催された2024年の世界経済フォーラム、通称ダボス会議において、ロレアルCEOのニコラ・イエロニムス氏はスピーチで「多くのリモートワーカーが、愛着・情熱・創造性に欠けている。」と語りました。彼は反リモートワーク派として知られており、オフィス勤務が従業員のためにも企業文化のためにも必要不可欠という考えをあらためて示しました。

このスピーチに対しても、オンライン上の反応は冷ややかです。

「オフィス勤務者にどれだけの情熱と創造性があると思う?同じぐらいだよ。」

「彼が管理職以下の従業員の名前を10人挙げられる可能性はゼロだ。」

「でも、オフィス勤務すれば会社がピザパーティーを開いてくれる!確かに情熱が持てるよね!笑」

「訳注:このオフィスのリース契約を正当化する必要がある」

「リモートワークを経験したおかげで、会社での仕事がいかにクソで、根本から満たされないものかが分かったのかもしれない。」

「自宅で仕事をすることで私は人間らしく、家族と楽しむ時間を持つことができる。彼は平均的な従業員や私たちの現実とはあまりにもかけ離れた存在だわ。私はこのCEOが、自分の利益や生産性を上げるためには従業員が会社地獄にいなければならないという時代遅れの考えに固執して、リモートワーカーがまるで怠けているように主張していることに不快感を覚える。」

 

芽生えた「オフィス勤務に意味はあるのか?」という疑問

リモートワークがオフィス勤務よりも生産的かどうかについては様々なリサーチが行われていますが、時期や対象者によって異なる結果が出ており、まだ正確な判断ができる段階にはありません。一方で、リモートワーカーは満足度が高く離職率が低いという調査結果は出ており、これは前述のコメントを見ても明らかだと思われます。

パンデミックが起こったことで、多くの人がリモートワークを経験しました。始めは戸惑いつつも1年も経つ頃にはすっかり定着し、自宅から働くことがこのまま主流になるのではないかと思われました。大手企業が中心になってオフィス出社回帰に舵を切ったことでこの新たな働き方トレンドはまた以前に振り戻されましたが、人々の中に“オフィスに行かなくとも仕事はできる”という認識が芽生えたのは確かです。

長時間の通勤、ランチ・駐車場・ガソリン代などの出費、興味のない社内政治など、出社することによって発生する諸々のストレスを抱えてまでオフィス勤務することに意味はあるのか、労働者たちは疑問を持ち始めています。リモートワークの是非を問う検証データはまだなく、会社側はこのようなパンデミック前とは異なる社員の心理変化を無視して何の根拠もなく出社義務再開を命じるのみでは、従業員側と会社側の溝は深まるばかりです。