コーヒーバッジング:オフィス出社義務化で広がるアメリカの新現象

末永 恵

コーヒーバッジング:オフィス出社義務化で広がるアメリカの新現象

アメリカのリモートワーク最新状況

パンデミックによるWFH (Work From Home = テレワーク) の強制がおよそ3年続いたのち、今年2023年はRTO (Return To Office = オフィスへの出社回帰) の年となりました。Amazon、Meta (Facebook・Instagramの親会社) 、セールスフォース、JPモルガンなど大手企業が旗振り役となり、OWL LABSの最新調査によるとアメリカの66%のフルタイム勤務者がオフィス出社の形態に戻っているとのことです。

OWL LABSの調査では他にも、“働き方”に関する興味深いインサイトが報告されています。以下にいくつか抜粋します。

  • 「会社がオフィス出社を要求するのは昔ながらの働き方にこだわっているから」と69%が回答
  • 回答者の23%が2023年に転職。転職したのはハイブリッドやリモートワーカーよりもフルタイムオフィス勤務者のほうが多かった
  • 「会社に通勤するのに片道31-45分かかる」と1/3 (33%)が回答
  • 29%のハイブリッド勤務者が「リモートワークが一切認められない場合は給与アップを求める」と回答
  • ハイブリッド勤務者の45%が週3回オフィスに出社。24%が週2回、23%が週4回と回答
  • 「5日間勤務の代わりに4日間勤務が認められるなら、15%の給与カットを受け入れる」と25%が回答
  • 「去年よりも仕事関連のストレスが増えた」と56%が回答
  • ハイブリッドワーカーの半分以上 (58%) が、“コーヒーバッジ”をしている

オフィス回帰が進むにつれ、従業員側のストレスや転職するケースは増加。特に通勤は時間的・費用的にネックとなっており、ハイブリッド形式のほうが好まれているようです。

 

オフィスに従業員を戻したい会社側

雇用主側はなんとか社員をオフィスに戻そうと躍起になっています。特に年齢が高くなるほど、リモートワークからオフィス勤務に戻ることにそれほど抵抗がない傾向があり、マネジメント層と現場社員の間でギャップを生んでいます。一方で、前述のOWL LABSの調査によると79%のマネージャー層が「リモート/ハイブリッドのほうがチームの生産性が高い」と回答しており、リモートワーク自体が業務に支障をきたしているというわけではなさそうです。ではなぜ雇用側は社員を会社に戻したいのでしょうか?これにはオフィスの空室問題が関わっています。

今年の第1四半期時点で、アメリカ国内の商用オフィスはパンデミック以前に比べて40%近くも空室になっており、特にパンデミックの影響を強く受けたニューヨークの状況は深刻で、稼働率はコロナ流行前の50%程度、市内の空きオフィススペースを総合すると、エンパイアステートビル26.6個分に相当するという試算が出ました。スタッフがオフィスに来ても来なくても、会社はオフィスの賃料を払わなければなりません。この“オフィスエコノミー”を維持するために、会社側は従業員に戻ってきてほしいわけです。

https://infogram.com/1p0y6dy3n9rwxmaekw6kj709y1cnvzn736v

上記のPlacer.aiの2023年9月終了時点での集計によると、今年に入ってからアメリカ全体でのオフィス回帰は順調に進んでおり、特に第2四半期は9.1%と大きく伸びました。ただし9月に再びコロナ流行の兆しが見えたため、オフィス出社は減速。今年の残り3ヶ月がどうなるかは先行き不透明な状況です。

 

出社強制により半数が退職したIT企業

「オフィスエコノミーの維持は従業員の役目ではない。」とリモートワーカー側は思っています。ハイブリッド勤務者の60%が「自分は自宅から働いたほうが生産性が高い。」と回答していることや、オフィスに出勤することで1日あたり平均51ドル (約7,500円) かかるという事実が、通勤義務に対する意味をさらに感じさせにくくしています。ちなみに51ドルの内訳は、

  • 駐車場:8ドル
  • 朝食・コーヒー:13ドル
  • ランチ:16ドル
  • ガソリン代:14ドル

となっており、さらにこれまで子どもやペットを自宅でみていた人であればシッターを雇う出費が追加となります。

このような従業員側の事情を顧みず、一方的にオフィス出社を強制することはリスクがともないます。今年8月、LGBTQ向けのデートアプリ(マッチングサービス)を提供するGrindrはリモートワークの終了を発表。週2回オフィスに出社するか会社を辞めるか、2週間のうちに選択するよう従業員に通達しました。この結果、8/31までに178名の従業員のうち、およそ半数の80名が退職したとのことです。

このように全米各地で現在、オフィス出社を義務化したいが大量退職は避けたい雇用側と、リモートワークは続けたいが解雇にはなりたくない従業員の間で、微妙な駆け引きが続いています。

 

コーヒーバッジングとは?

このような状況から生まれたのが『コーヒーバッジング』という新たなワークトレンドです。コーヒーバッジングとは、コーヒー1杯を飲むのに十分な時間 (2~3時間) だけオフィスに出社し、あとは家に帰って仕事をすることです。“オフィスに顔を出した”という既成事実を、まるでバッジを獲得したように見立てることからこのように呼びます。

コーヒーバッジングはハイブリッドワーカーの58%が実践しており、8%が「やったことはないが今後やってみたい。」と回答しています。通勤に掛かる時間やコストを極力節約し、オフィスで長時間働くことのストレスを軽減しながら、と同時に会社の出社義務を果たすことで人事トラブルを回避するという、アメリカ人らしいクリエーティブな方法と言えます。

 

『コーヒーバッジング』は新たな働き方か

WFHやRTO以外にも、”Quiet Quitting (仕事にやりがいやキャリアアップなどを求めず必要最低限働くこと)”や”Rust Out (仕事に価値や刺激が感じられないまま停滞すること)”など、パンデミック発生後はいくつかのワークトレンドが出現しました。コーヒーバッジングはオフィス回帰の流れの中、また新たな“働き方”が形成される兆候なのかもしれません。