“月収1万ドル以上”のエリア限定-出店地域に見るトレーダージョーズの店頭戦略

末永 恵

“月収1万ドル以上”のエリア限定-出店地域に見るトレーダージョーズの店頭戦略

アメリカの人気スーパー Trader Joe’s

Trader Joe’s(トレーダージョーズ)は、1967年にカリフォルニア州ロサンゼルス近郊のパサデナで創業したアメリカのスーパーマーケットチェーンです。2023年現在日本に店舗はありませんが、通称“トレジョ”の愛称でも知られ、オリジナルのエコバッグやチョコレートや調味料、またアメリカ帰りのお土産の購入先として日本人の間でも人気があります。

 

店舗があるエリアは世帯月収1万ドル以上

トレーダージョーズの店舗数は2023年11月時点で全米43州に564店舗。アメリカ最大のスーパーチェーン『ウォルマート』が全米に4,600店舗以上あることを考えると、出店場所についてはかなり厳選していると見られます。

トレーダージョーズ COOQIEブログ

<トレーダージョーズの店舗マップ>

 

トレーダージョーズは非上場企業ということもあり、その経営戦略は企業秘密でほとんどが公表されていません。ということで店舗の出店計画や出店場所の基準も謎に包まれていますが、AggDataが分析したところによると、トレーダージョーズの店舗がある地域は世帯月収の中央値が1万ドル(約140万円)以上、つまり比較的裕福な人たちが住むエリアとなっているようです。
こういったエリアは当然テナントの賃料も高額のはずですが、トレーダージョーズがこのような地域に絞って店舗を出しているということは、高い家賃を差し引いてもメリットがあるということです。いくつかピックアップしてみましょう。

  • 客単価が高い
  • 良い従業員が集まりやすい
  • 物流に便利な立地の場合が多い
  • 万引きが少ない
  • ガードマンや過度なセキュリティが必要ない

 

少し脱線しますが私の体験談をご紹介します。2年ほど前、トレーダージョーズでオリーブオイルを買ったところ、帰ってから瓶のキャップが壊れていて開かないことに気づきました。翌日、同じ店舗に持って行って「蓋が壊れて開けられないのですが…」と店員さんに申告したところ、「それは不便をお掛けしました。どうぞ棚から代わりのものを持って行ってください。」と言われました。店側はレシートを見ることもなく、その商品が本当に壊れているか確かめることもなく、私が棚から本当に1本だけ持っていくか見届けることもしませんでした。おそらく、トレーダージョーズに来る客にせこい嘘をつくような人はいない、という経験則なのでしょう。
では小売店はみんな高所得のエリアに出店すれば良いのか、というとそうシンプルではありません。前述のとおりこのような“良いエリア”はテナントの賃料が高く、他店との競合も激しいものです。利益を出し続けるためには常に客足を絶やさず、たくさん買い物をしてもらう必要があります。

 

「広告を出さない」「セールをしない」独自の店頭戦略

トレーダージョーズに買い物に行くと、いつも賑わっていて駐車スペースを探すのが大変です。この人気の秘密は何なのでしょう?以下にいくつか、普通のスーパーや小売店には当然あるのにトレーダージョーズにはないものを挙げてみます。

  • 広告を出さない
  • セールをしない
  • 店内放送がない
  • セルフレジがない
  • オンラインオーダー・デリバリーサービスがない
  • 大手メーカーの商品が極端に少ない

トレーダージョーズ COOQIEブログ

<トレーダージョーズの店内>

「広告を出さない」について、ソーシャルメディアやPodcastメールマガジンなど自社媒体でのプロモーションはありますが、テレビや雑誌・オンラインバナーなど、いわゆる有料広告は一切出していません。「セールをしない」については、賞味期限が近付いた“お務め品”はたまに見かけますが、〇〇が2日間限定XX%オフ!のような割引はありません。お店に来る人たちが、数ドルのディスカウントに喜ぶような客層ではないことを知っているからなのだと思います。
またオンラインオーダーや店舗ピックアップ・自宅配送など、大手スーパーはこぞってアピールしているような新しいサービスも、トレーダージョーズは導入していません。

 

店頭で大半を占めるストアブランド商品

1店舗当たりの商品数が少ないこともトレーダージョーズの特徴の1つです。一般的なスーパーマーケットが35,000点程度あるところを、トレーダージョーズは3,000点ほどに抑えており、しかもそのほとんどがPB商品(プライベートブランド。アメリカではPrivate Label, Store Brandなどと呼ばれる)です。
トレーダージョーズの店頭にある商品はおよそ80%がPB商品と言われています。実際に行ってみると、普通のスーパーには当然置いてあるコカ・コーラやプリングルスのポテトチップスは売っていません(よく似たPB商品はありますが)。つまりお客さんは定番メーカーの商品を調達しに行くのではなく、Trader Joe’sオリジナルの商品を物色しに行くのです。これはトレーダージョーズが、小売店でありながらブランドでもあることを表していると言えます。

トレーダージョーズ COOQIEブログ

<トレーダージョーズのPB商品。季節限定商品やパッケージデザインの凝ったものも多い。>

PB商品が多いということは、競合他店と価格を比べられることもなく、メーカー側の目を気にする必要もありません。とは言え、トレーダージョーズにある商品は手頃な価格のものが大半です。客層が比較的富裕な層であるにも関わらず、広告費を抑えその分商品価格を低く保っています。これは一商品から獲得できる利益を増やすよりも、たくさん買い物をしてもらおうという意図が読み取れます。

 

基本は対面コミュニケーション – 徹底した店舗体験重視

トレーダージョーズに行ってスタッフと会話したことのある人なら分かると思いますが、店員は全員まるで知り合いのようなフレンドリーさで接してきます。レジで品物をスキャンしながら「これ僕も好きなんだよね~」「サンクスギビングはどうだった?」と話しかけられたり、どんなに忙しそうでも質問をすると笑顔で気さくに答えてくれます。これはどの店舗に行ってもそうなので、彼らの採用や教育の質は驚くべきレベルの高さです。
トレーダージョーズはこのような店舗での体験を非常に大切にしています。オンラインオーダーやセルフレジなど、対面コミュニケーションを介さないものは極力排除。また店内放送をしない代わりに、レジに列が出来てきたときは手でベルを鳴らして他のスタッフに知らせます。このような利便性や効率向上とは真逆を行く手法によって独特の世界観を創り上げ、トレーダージョーズでの店舗体験をただの食料品の買い出し以上に特別なものにしているのです。

 

Trader Joe’sは小売りでありブランド

アメリカのスーパーの中でも、トレーダージョーズはかなりユニークな存在です。現在も多くの専門家が、その成功の秘訣を解き明かそうとしています。広告やセールなど安売りを想起させるものは一切排除しつつ、それでも価格帯は低めに抑えることで、良質な品物をたくさん買えるという満足感を得られることは1つ大きなポイントでしょう。それに加え親切なスタッフ達。トレーダージョーズなら、アメリカの小売店で残念ながらありがちな不愉快な思いをすることは決してないだろうという絶対的な安心感があります。
これらすべてを融合し、“トレーダージョーズで買い物をする”という体験に付加価値を与えることで、小売りでありながらブランドという稀有な存在を成立させているのでしょう。