貧困化するミドルクラス-進化系プレハブ住宅はアメリカの住宅難を救うのか

末永 恵

貧困化するミドルクラス-進化系プレハブ住宅はアメリカの住宅難を救うのか

低所得者層に近づくアメリカ中間所得者層

ニューヨーク連邦準備銀行(Federal Reserve Bank of New York)の今月の発表によると、アメリカ国内全体でのクレジットカード負債額が1.17兆ドル(約180兆円)で過去最高額を記録しました。また今年8月のフォーブスの記事によると、1/4以上のアメリカ人は現在の貯金額が1,000ドル以下で、特にZ世代やミレニアルなど若い世代ほど貯金ができておらず、多くの人の苦しい家計の実態が浮き彫りになってきています。

コロナ禍以前から始まりつつあったインフレはパンデミック・サプライチェーン危機を経て一気に進行し、アメリカ人の暮らしを圧迫し続けています。現在物価の上昇ペースはやや落ち着いてきているものの、一度上がった物の値段が下がる兆しはなく、家賃やローンなどの住宅費・保険・医療費・学費・食費など生活に必要な支出が大半を占め、将来のための投資や貯金に回す余裕がない状況です。

リサーチ会社のMorning Consultは、アメリカのミドルクラス(世帯年収5~10万ドル)の行動パターンが低所得者層(世帯年収5万ドル未満)に近づいてきていると指摘します。アメリカの中間所得者層はこれまで基本的に高所得者層(世帯年収10万ドル以上)に似た行動パターンをしているとされてきましたが、購買行動や高額品に対する考え方に昨年頃から変化が見られるとのことです。これは高所得者層と中間・低所得者層の2極化、つまり中間層が減少し両者の経済格差が拡大していることを意味します。

 

アメリカで続く住宅難

近年のアメリカ人は“家時間”が増えています。2003年から2022年にかけてアメリカ人が家で過ごす時間は1日当たり1時間39分増えたそうで、これはパンデミックによるロックダウンで一時的に社会から隔離された影響もありますが、この物価高のせいでどこにも行けないためという声もあります。

気軽に外出ができない分、家での時間を充実させよう思ってもそれも簡単ではありません。現在のアメリカは"Affordability Crisis"と言われる、所得と希望に見合うような住居を確保するのが困難な住宅難の状態にあります。住宅購入価格の中央値は現在約42万ドル(約6,500万円)で、コロナ前の32万ドルに比べると10万ドルも高くなりました。購入だけでなく賃貸価格も高騰しています。今年6月時点での月額家賃の中央値は1,404ドル(約21万6千円)、これはコロナ前の1,200ドル以下と比べるとたった4年で20%近く上昇しています。アメリカは州や地域によって住宅費にかなり開きがありますが、それでも一部のエリアだけでなく全体的に値上がりしていることは間違いありません。

貧困化するミドルクラスー進化系プレハブ住宅はアメリカの住宅難を救うのか COOQIEブログ

 

家が高すぎて買えない、家賃も高すぎて払えないことで、大人になっても親と住み続ける人が増えるのは当然の流れと言えます。Bloombergの調査によると18歳から29歳のアメリカ人の約45%が家族と同居しており、これは1940年代以降もっとも高い割合だそうです。また住宅購入者の平均年齢が今年2024年は56歳で、昨年の49歳より急激にアップしました。アメリカでは生涯で何度も家を買い替えたり、2軒、3軒と購入する人も多くいますが、初めて家を買う年齢が昨年は平均35歳だったのが2024年は38歳に上がり、さらに全購入に占める初回購入者の割合は1981年の調査開始以来もっとも低い結果となりました。

端的に言うとアメリカでの住宅購入者の年齢が上がっているということで、特に初めて買う人は40歳近く、ある程度の収入や貯金、相続金が入るくらいの年齢にならないと家を買うことができなくなっているということです。住宅難は低所得者層はもとより、これまで30歳前後で初めてのマイホームを購入するのが普通だったミドルクラスを直撃しており、ソーシャルメディアなどでは“アメリカンドリームの終焉”とも言われています。

 

イーロン・マスクも注目?プレハブ住宅メーカー"BOXABL"

不動産マーケットは非常に多くの要因が複雑に絡み合うため価格高騰の原因は単純には言い切れず、パンデミックによる新規住宅の建設の遅れと住宅ローン(モーゲージ)の金利の高止まりによる売買の停滞は大きな理由ではあるものの、それが解消されたとしても当面は住宅価格が大幅に下がる見通しはありません。そんな中で1つの解決策として注目され始めているのが『進化系プレハブ住宅』です。
“プレハブ”は"prefabricated"の略で「あらかじめに組み立てられた」という意味を持ちます。英語でも"Prefab home", "Prefabricated house"などと呼ばれ、同じく組み立て式・移動式のモバイルホーム、トレーラーハウスなどと同様のManufactured Homeというカテゴリーに分類されます。2017年創業のスタートアップ企業『Boxabl』(ボクサブル)はプレハブ専門の住宅メーカーで、実業家のイーロン・マスクもテキサス州のスペースXの敷地内に1軒持っていると噂されています。プレハブというと建築現場や学校の物置小屋のような建物を想像しがちですが、BOXABLの折りたたみ式プレハブ住宅"Casita(カシータ)"はシンプルで洗練された間取り・おしゃれな外観・モダンな内装で、小さめの普通の一軒家と遜色ないのではないかと思う仕上がりです。

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Casitaの価格はタイプにもよりますが6~10万ドルの間のようです。通常の住宅の中央値が約42万ドルであることを考えると、かなり格安で家が購入できることになります。その需要の高さからBOXABLには注文が殺到しており、現在すでに15万人以上が順番待ちの状態、前金を支払った顧客から問い合わせが相次ぐなど数年前のテスラを彷彿させるような問題も起きているとのことです。

 

「Amazonで家が買える」時代の到来

Casitaのような進化系プレハブ住宅が購入できるのはBoxablだけではありません。AmazonやWalmart、ホームデポなどの大手小売店でも販売しています。価格はかなり幅があり高いものでは10万ドル近い家もありますが、手頃なものだと1万ドル台から買うことができます。"tiny house for sale"、"prefab homes amazon"などで検索をするとたくさんヒットするので興味があるかたは見てみてください。
関心が高まりつつあるプレハブ住宅ですが、実際に購入・住んでいる人はまだまだ少数派で「変わり者が住むもの」「これが未来形なんて悲しい」という声は多くあります。確かにアメリカ人は伝統的に広くて大きな家が好きですが、今後も経済格差が広がっていくとすると、そのような立派な家を購入できるのは一部の人だけになっていく可能性もあります。そうなれば狭いけれど新しくて小綺麗なプレハブ住宅を建てるというチョイスも、選択肢の1つとしてスタンダードになっていくのかもしれません。

 

新大統領とアメリカの行方

先週のアメリカ大統領選挙では共和党のドナルド・トランプ氏が再選、来年2025年1月に正式に就任することになります。トランプ次期大統領は住宅政策について、政府の土地を解放し新しい住居の建築を急ぐとしており、彼の支持母体であるアメリカ労働階級の人々からは早くも大きな期待が寄せられています。
一方の民主党は今回の大統領選挙で大敗を喫しました。党会派の重鎮で上院議員のバーニー・サンダース氏は選挙後、厳しく民主党を批判しています。「労働者層を置き去りにした結果だ。彼らは見捨てられたことに気づいているし、怒り、変化を求めている。そしてそれは正しい。」株価や賃金の上昇など、好調に見える経済は実は大企業と富裕層によってもたらされていたもので、大多数を占める中間層以下の生活は苦しくなっただけという印象は確かに否めません。少なくとも過去4年の民主党政権下ではあまり数字としては明るみに出てきませんでしたが、有権者による選挙の結果を見るに現状はより深刻化していると言えるでしょう。格差は是正されるのか、ミドルクラスは経済的自由を取り戻せるのか、来年以降のアメリカの行方に注目です。